その湯のことはもう、思い出そうとするたびに、脳内でアメ色のフィルターが濃度を増して——
いや、大げさな話ちゃうんです。
今はなき奈良・勇湯でレトロな風呂屋の居心地のよさに気づいてから6年。作り物でない脱力感を求め続けていたら、ついにここまで来てしまいました。
やって来たのは鹿児島県。指宿の弥次ヶ湯、村之湯で県外者の入浴を断られた後、まあ仕方ないよなあと自らを納得させながら1日4便のフェリーで大隈半島側へと渡ります。
ここからバスに乗り継いで旅行を続けるんですが、1日を通してあまり接続がよくなく……ただ、最終便同士は20分ほどの待ち時間になります。
そう。フェリーもバスも乗るのは最終便なので、一度バスを降りるとそこで1日の行程は打ち切り。風呂屋の近くのゲストハウスを取っていますが、風呂屋が無ければそこに滞在することも考えなかったでしょう。
「大根占」で下車。あまり詳しくない地図をたよりに少し歩きます。
最初にその姿を見たとき、正直手遅れだったかと思いました。ここまで来て、入れずに終わるのかなと。
でも、入り口がちらり。「梅乃湯」と書かれた看板の奥に人の姿が見えました。
そこは、ウソみたいな日常空間への扉でした。
自分は今、鄙びの絶頂にいる。
あまりの感動で、シンプルな浴槽から出てこられなくなりました。
不思議がられながらも常連さんたちと話し、女湯から上がってきた90歳のおばあさんが歌い踊る姿にみんなで笑っていたら、すっかり周りは真っ暗に。
徒歩圏にあるゲストハウスのご主人いわく、梅乃湯目当てのお泊まりは初めてだし、2時間半もいたんですか、と。
また来ると言ったら、街の人は誰もが「正気か??」ぐらいのトーンで疑ってくるのでおかしかった。この湯が沸き続ける限り、いくらでも行きます。
☆訪問は2021年3月でした。浴室内は撮影許可を得ています